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後藤 翔太

後藤 翔太

ごとう しょうた / 参政党 / 参議院議員 / 比例代表

生年: 1983年

国会会議録の発言: 135回(2021年以降)

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公開文から付けた21軸

保存した公開文を各軸に載せた推定。投票行動の実測ではない。真ん中の点線が50。各軸の下は公開文の抜粋、中立の回答、無回答、または未取得です。本当に中立と書いた軸は50のままです。

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  1. 1. 経済政策50
    市場重視・規制緩和政府介入・規制重視

    この軸の公開文はまだ取れていない

  2. 2. 財政政策50
    財政規律・歳出削減積極財政・政府支出拡大

    この軸の公開文はまだ取れていない

  3. 3. 税制38
    減税・小さな政府増税・公共サービス充実

    消費税について「消費税を廃止すべきだ」

  4. 4. 社会保障38
    自助・自己責任重視再分配・福祉重視

    社会保障について「給付水準を下げて国民負担を抑えるべきだ」

  5. 5. 労働・雇用50
    雇用流動化・企業重視労働者保護・雇用安定

    この軸の公開文はまだ取れていない

  6. 6. 産業政策40
    自由競争重視国による重点産業支援

    コメ政策について「必要ない」

  7. 7. 規制改革38
    規制緩和・新規参入促進規制維持・既存産業保護

    選挙活動とSNSについて「表現の自由が保障されるべきなので、規制は必要ない」

  8. 8. 地方政策50
    中央集権地方分権・地域主導

    この軸の公開文はまだ取れていない

  9. 9. 外交50
    同盟重視・現実主義自主外交・多国間協調

    ました。確かに、当時の国民感情、国際社会のまなざし、電源の制約がある中で、解決策を太陽光発電に求めるしかなかった

  10. 10. 安全保障22
    防衛力強化軍事力抑制・外交重視

    防衛増税について「他の政策予算を削って増税は避けるべきだ」

  11. 11. 対米政策86
    日米同盟重視対米自立重視

    日米地位協定について「見直すべきだ」

  12. 12. 対中政策38
    対中強硬対中融和・経済関係重視

    日中関係について「毅然と対応すべきだ」

  13. 13. 憲法36
    改憲積極護憲・現行憲法重視

    憲法改正について「賛成」

  14. 14. 社会的価値観38
    保守・伝統重視リベラル・個人の自由重視

    皇族数の確保について「旧宮家出身の『男系男子』を皇族の養子にできるようにする」

  15. 15. 家族政策26
    伝統的家族観重視家族・婚姻制度の多様化重視

    選択的夫婦別姓について「反対」

  16. 16. 移民・外国人政策38
    受け入れ抑制積極受け入れ

    外国人労働者について「より抑制的に対応すべきだ」

  17. 17. 教育政策40
    競争・成果重視公平性・教育機会重視

    大学無償化について「反対」

  18. 18. エネルギー政策64
    原発活用・安定供給重視再エネ・脱原発重視

    原発について「原発への依存度を可能な限り低減すべきだ」

  19. 19. 環境政策40
    経済成長優先環境・脱炭素優先

    環境問題について「経済成長のためなら、環境問題の解決を先延ばしすることはやむを得ない」

  20. 20. 政治改革42
    既存制度・合意形成重視政治主導・大胆な制度改革重視

    自民党政治資金パーティー裏金事件について「追及する必要はない」

  21. 21. 新技術・新産業50
    推進・導入に前向き慎重・規制・既存業保護

    この軸の公開文はまだ取れていない

紹介

後藤 翔太(ごとう しょうた、1983年1月7日 - )は、日本の元ラグビー選手、政治家。参政党所属の参議院議員(1期)。ジャパンラグビートップリーグ・神戸製鋼コベルコスティーラーズに所属していた。

政治の方向に関する公開文

35,419文字を保存しています。国会会議録、Wikipediaの政策・主張、公式サイト、Xの自己紹介。21軸はこの全文から付けています。

よろしくお願いいたします。私は、消費者問題に関する特別委員会にも所属しておりまして、先日、学校教育における消費者教育の可能性というテーマの消費者教育シンポジウムに参加してまいりました。そのときに、消費者教育というのは非常に重要なテーマだということを改めて認識いたしましたので、今回質疑で取り扱いたいと思います。まず、消費者運動の担い手について考えていきたいと思います。その結果、組合員の参加、連帯という最も重要な価値観が失われて、組織の活性化する力を失って、社会に対して自分たちの価値を表現できなくなったという指摘がされています。そこで、消費者としての意識を涵養し、消費者問題に関する知識を身に付けるに当たっては、教育の果たす役割というものが期待されます。そして、学校教育において消費者教育を主に扱うのは家庭科でございますけれども、家庭科は不要論や廃止論にさらされたり、一九八九年の学習指導要領改訂以前では高校では女子のみが必修であったりと、基盤が必ずしも安定しなかったと言える科目でもございます。しかし、学校教育における消費者教育の多くがこの科目に委ねられていることから、家庭科について考える必要があるというふうに考えます。ここで、文部科学省政府参考人に伺います。御答弁ありがとうございます。今、ちょっと多いなというところをお感じになった方もいらっしゃるかもしれないんですけれども、私、シンポジウムに参加してきまして、これは愛媛の中学校の家庭科の先生がお作りになった教材、消費者教育の教材でございます。非常に充実した内容になっておりまして、この先生に直接、消費者教育にどれぐらいの時間を充てられるんですかという御質問をしたところ、一年間で一こま、二こまというような御回答でございました。それではやはり授業時間としては十分ではないのかなというふうに私も考えましたし、また、こういった教育の効果を測定していくというところも難しいのかなというふうに考えました。少しこちらでも調べてみたんですけれども、文部科学省は定期的に消費者教育に関する取組状況調査を公表しておりますが、どのようなインプットをしているかという教育環境の整備状況は追跡しているものの、この教育により知識、技能がどの程度向上しているかというようなアウトプット面を余り測られていないのではないかというふうに見受けられます。どの程度の蓄積があって、どのような指標を設けているのか、また、この考え方に基づいて測定しようとしている、どのような考え方について測定しようとしているのか、是非お聞かせください。実施状況を今御報告いただいたと思いますけれども、効果を測定するというところに関してはなかなかお答えいただけなくて、難しいところかなということは私も承知しております。ただ、この消費者を代表する主体を生み出すことを目指す消費者教育というような位置付けをするのであれば、消費者の権利と義務について理解を促して、これを起点として消費者問題を考える素地を整えることが必要だと考えます。このとき、国際消費者機構による消費者の八つの権利と五つの責務、この理解度の測定といった方法は例えば十分検討できるのではないかなというふうに考えます。最後に、家庭科教育に向けられる批判を一つ取り上げたいと思います。家庭科が入試科目ではないためになおざりな扱いをされてしまうというものです。これは、目標となる入試の変化がそれまでの教育手法に影響を与えることを意味するウォッシュバック効果、波及効果として知られている現象です。それは、家庭科における消費者教育を通じて消費者の代表が育成されるというルートに影を落とすことになります。ここで、文部科学大臣にお伺いしたいと思います。子供たちは学校に通っておりますが、今この時点で消費者でもございます。その子供たちが豊かな消費生活、社会を過ごして営んでいくためにも、是非この教育には力を入れていただきたいということをお伝えしまして、私からの質問を以上とさせていただきます。ありがとうございました。よろしくお願いいたします。私は先日、電力会社に勤めている友人と話をしておりまして原子力規制の話題になりましたので、今回、原子力規制について改めて考えて、人材という観点から質問させていただきたいというふうに存じます。いろいろとお話を伺ったり調べたりするうちに、原子力分野においては、特に原発事故の問題が大きな要因とはなっているというふうに存じますが、規制側が事業側に比べて有利であり、産官学による協働的な規制の合理化が起こりづらい状況にあるのではないかというふうに感じております。これを考える上で、何かほかの分野で参考になることはないかということで製薬業界出身の方に話を伺いまして、今回のテーマについて相談する中で、医薬品業界には、ほかの分野と比較して特徴的なこととして、科学を規制の言葉に翻訳し、規制要求事項を事業戦略に翻訳するという規制対応の専門家、専門職が薬事として確立されておりまして、さらに、規制に関する研究分野もレギュラトリーサイエンスということで確立しているということを教えてもらいました。薬事職は、世の中に医薬品を流通させるために必要な製造、販売、承認を取得するための薬事戦略を立てたり、また、研究開発段階で取得をしたデータを申請書類に落とし込んだり、審査に当たる独立行政法人PMDAとの折衝を行ったりするそうです。例えば、品質管理を行う際の規格値に関して厳格化を求めるPMDAに対して、その必要がないことを科学的、合理的に説明し、交渉するといった場面も生じると聞いています。ここは単純に規制を緩めるということを求めるものではなくて、この交渉が学問を背景として行われているということがポイントになるみたいです。レギュラトリーサイエンスは、的確な根拠に基づき、最適な予測、評価、判断を行うための方法論や解析法を追求する科学であって、最終的には行政を通じて国民の安全を広く守り、健全な社会を築くことを目的としているようです。こういった職能と学問分野が確立されていることは、他の規制対応が発生する産業分野と比較しても特徴的であって、原子力分野においても参考にできるのではないかというふうに考えました。そこで、厚生労働省の政府参考人に伺いたいと思います。また、産官学による規制に関する連携の事例を教えていただきたいと思います。退席、会長着席〕。非常に参考になる事例を御共有いただけたと思います。続いて、今伺った医療品分野の事例から、私は、特に産業界において、レギュレーションに関して規制側と対等にディベートができる対官折衝の専門職、言わば原子力版の薬事を育成することが非常に重要ではないかというふうに考えております。ここで、原子力規制庁の政府参考人に伺いたいと思います。審査対応や規制に関する意見交換などの際に産業界における規制対応人材の充実をどのように感じているのか、お立場が違うのでお答えにくいところもあるかもしれませんが、御見解をお願いします。ありがとうございます。産官学の三領域で考えた際に、この連携を取るためにも、産業界の規制人材対応の必要性というところを考えているというところでございます。ところで、原子力規制委員会では、大学等を対象として、二〇一六年から原子力規制人材育成事業を立ち上げて運営していると存じます。この事業は、原子力規制分野の教育研究の底上げを図るとともに、将来的に原子力規制を牽引する人材を育成することを目的としているということです。原子力規制委員会の問題意識がうかがわれるというところではありますが、申請件数が低調であるといった課題もあると聞いております。ここで、原子力規制庁の政府参考人に伺います。これまでの本事業の成果や見えてきた課題について伺いたいと思います。ここまでは産官学という枠でお話を進めてまいりましたが、専門性に関しては官庁にも課題があると指摘されております。国の行政組織を確認すると、原子力に関する組織は分散しているということがよく分かります。特に、福島原発事故の行政改革で、原子力規制委員会及び原子力規制庁は、利用推進行政とは明確に分離されまして、高度な独立性を有するに至りました。これは、ノーリターンルールや再就職規制などによって担保されているというふうに考えます。しかし、本年、国際原子力機関、IAEAから送付された二〇二六年度日本への総合規制評価サービスミッション報告書、いわゆるIRRSミッション報告書には、原子力規制委員会に適用されている現在の法的、行政的、雇用上の枠組みは、特に専門的な技術分野において、高度に有能な職員を引き付け、採用し、育成する能力を妨げているというような人材の流動性や再就職への規制は、原子力規制委員会の規制能力の長期的な持続可能性を脅かしているというような指摘がございます。先ほど述べた福島原発事故の行政改革は当時としては当然必要があったと言えると考えますが、しかしながら、産業から切り離された規制は果たして現実的なものになるのだろうかというような疑問も生じております。ここで、最後の質問です。原子力規制委員長に伺いたいのですが、原子力規制行政と原子力利用推進行政が必要な人材交流を行うことは規制の発展に必要であり、また、官同士の交流は産官学の交流も推進するというふうに考えます。お聞かせいただければと思います。丁寧な御答弁、誠にありがとうございました。第七次エネルギー基本計画、原子力の最大活用ということがスムーズに進めていただきたいということをお伝えして、私からの質問は以上とさせていただきます。ありがとうございました。一方、余り指摘されていないようですが、授業目的公衆送信補償金制度もサンプリング方式を採用しているため、同様の状況が生じているのかもしれません。同制度は教育機関の設置者が指定管理団体に一括して補償金を支払うことで、個別の許諾を要することなく著作物を利用できるようになる制度のことですね。ここで、文化庁の政府参考人に伺いたいと思います。もう一つ、類似制度から示唆を得るために御質問させてください。私的録音録画補償金制度は、政令で指定するデジタル方式の機器、媒体に対して、あらかじめ二次使用料を織り込んで機器を販売してもらい、私的使用のための録音、録画について権利者に補償金を還元するという制度でしたが、メーカー側の協力がなかなか得られず、制度が形骸化してしまったと評価されています。実際に管理団体であった私的録画補償金管理協会、SARVHですね、これは二〇一五年に解散してしまい、権利行使が不可能な状況が生じていました。よろしくお願いいたします。まず、改めて辺野古沖転覆事故の再発防止について提起したいと思います。私は、四月十六日の文教科学委員会の質疑において、本件につき、教育行政の観点から再発防止のための予防措置を講じるべきであると述べました。そして、この根幹にあるのは、論争上にある問題を、主権者教育、政治的教養の教育の題材として取り上げる際に、その取扱い方を考えることだと思っております。先日の質疑では、教育活動の逸脱、政治動員、教育の名を借りた政治活動を禁止している法令は既に存在すること、そして、学校教育において、政治的中立を保ちながらも政治的にデリケートな論争上にある問題を取り上げて自由に議論する学習環境を可能にするための原則であるボイテルスバッハ・コンセンサスの三要素を盛り込んだ通知や補助教材も存在すること、しかしながら、学校や教員の実務上の判断を助ける具体的な運用方針が存在しないことを明らかにして、そのことが法令や通知の内容が教育現場で具現化されづらい環境を生んでいるのではないかということを指摘いたしました。その後、大きな状況の変化があったと思います。まず、五月二十二日に文部科学省は、本件に関する現地調査内容を報告し、同志社国際の研修旅行の内容が教育基本法第十四条第二項に違反するという見解をお示ししました。そして、五月二十八日、テレビ朝日の番組の「モーニングショー」ではこの調査報告を扱い、その中でボイテルスバッハ・コンセンサスについて触れていました。辺野古沖転覆事故とボイテルスバッハ・コンセンサスが関連付けられて報じられたということであり、象徴的な出来事であったと言えます。このような環境変化を受けて、改めて提起したいと思います。さて、本日の質疑では、大学入試の女子枠の問題を取り上げたいと思います。この問題は、三月十八日の参議院予算委員会でも一度取り上げられたというふうに把握しております。私自身、性別によって出願資格の有無が決まることは余りにもストレートな性差別であり、憲法十四条の法の下の平等に反しているのではないかというふうに考えます。社会的な逆境というのは様々な要因が絡み合っており、女性の理工系を取り上げて対象とするということは非合理的ではないかなというふうに考えます。このパブリックコメントの募集の結果を受けて、配付資料表二ですけれども、女子枠に関する記載が変更されております、素案から変更されています。具体的には、素案では、行うべき取組として女子枠の確保のみを限定的に例示していたところから、基本計画では、理工系女子を含め多様な背景を持った者など、入学者の多様性を確保する選抜の実施といった例示の仕方に改められています。該当箇所がある五分野に寄せられたパブリックコメントを見ると、全体約二百件のうち、女子学生枠や女子枠という言葉が含まれているものが五十以上あり、その全てが懐疑的である、又は否定的な内容であると見受けられました。ありがとうございます。続いて、大学入試における入学者選抜のところに進みたいんですけれども、この大学入試における女子枠の導入の政策的な根拠になっているのは文部科学省の高等教育局長の通知である令和五年度大学入学者選抜実施要項ですね。配付資料の表三を御覧いただきたいというふうに思います。非常に読み込みとしては難しいなというふうに考えます。多様性の一環としてということは理解できますが、そこに女子枠というところが記載されておれば、逆に言うと、女子枠を採用すればそれだけで多様性が確保されるというふうに読み込む大学もあり得るというふうに考えますので、その表現の仕方ということも非常に難しさを感じております。続いては、これまで行政文書を確認してまいりましたが、大学入試の女子枠について慶応義塾大学の國武氏が積極的な研究成果を報告していますので、そちらを紹介したいと思います。ユネスコ、国連教育科学文化機構ですけれども、最近公表した報告書は、國武氏の研究を引用しながら、事例研究として日本の大学入試、女子枠の取組を紹介していますが、そこでの評価はおよそ肯定的だと言えるものではありません。配付資料の表四ですけれども、該当箇所の抜粋とその訳をこちらでいたしました。日本のDEI、ダイバーシティー・エクイティー・インクルージョン、多様性、公平性、包摂性ですけれども、この取組はジェンダーに偏重し過ぎており、社会経済的地位、出身地域、特定の学術分野における例えば男性が非常に少ないといった、ほかの次元の不利な要因はしばしば見過ごされがちであり、社会経済的、地域の格差を含む全ての過少グループに対して包括的な支援を確保するような、より広範でエビデンスに基づいたアプローチが必要であるといったことが書かれています。この指摘は、冒頭で極端な例として述べました直感的な私の問題点と重なっており、女子枠の政策に対するクリティカルなレビューになっているというふうに考えます。よろしくお願いいたします。私は、五月二十九日の本会議で、デジタル教科書に関する議論が不足していることを指摘いたしました。本日の文教科学委員会では、この点について、更に具体的な内容、制度設計に関する議論を深掘りしたいと考えます。まず、我が国の公教育を振り返ると、教育の内容に関しては、自由と統制のバランスに苦慮してきたことが分かります。一九八三年の中教審答申、教科書の在り方については、教科書が、児童生徒に国民として必要な基礎的、基本的な教育内容の履修を保障するものであり、児童生徒として、児童生徒に国民として不可欠な教育内容を確実に身に付けさせる基本的な教材であると述べ、教科書のもたらす教育内容の水平的平等を評価しています。特に教科書問題は、記載内容に関して、教育内容の全国の水平的平等を前提としつつも、その中でどの程度違いを認めるかが常に争点であったと言えると思います。これは、教科書の内容を軸にした議論です。これまでの教科書の内容ですけれども、自由に教科書を選択できた時代、教科書検定が導入された時代、教科書を国が作成、発行した時代、そして、教科書検定制度が復活して現在まで続いています。教科書の内容を軸にした議論では、学習指導要領と教科書検定によって内容の違いが一定にとどめられ、教科書発行者の創意工夫と教育内容の水平的平等の共存が図られているというふうに考えます。その上で、本改正法案は、教科書を紙に限定する規定を削除するもので、文部科学省の資料では、これによって、紙、デジタル、紙とデジタルのハイブリッドの三選択、三類型を選択できるようになったとされています。これは教科書の媒体を軸にした議論で、従来の内容を軸にした議論をより複雑なものにしたというふうに考えます。二〇二一年のいわゆる令和の日本型学校教育答申では、主体的、対話的で深い学びを実現するための手段として、ICTの効果的活用による個別最適な学びの重要性が強調されています。媒体としての教科書の多様性が広がることは、個別最適な学びに資する可能性がある一方で、教育体験の水平的平等は弱まるおそれがあるというふうに考えます。大臣指針、また検定内容にはまだ不確定な要素があるということを認識しております。では、現在の学習者向けデジタル教科書というところですけれども、この教科書は紙の教科書と同一な、今のデジタル教科書は紙の教科書と同一の内容をデジタル化した教材とされていますので、これまでのデジタル教科書に関する議論は電子書籍やPDFファイルの域を出なかったものというふうに考えます。しかし、本改正により、そのかせが外れることになると説明されておりまして、その場合、デジタル教科書は、紙の教科書の記載や形態に拘束されず、独自の進化を遂げる可能性が開かれることになります。現時点でも、デジタル教科書はハードウェアとソフトウェア、つまり端末とプログラム、データから構成される情報システムですけれども、今後の制度設計では製品という観点から規制を考える必要もあると思います。このときに、製品に対する規制について先行しているのは医療分野、特に医薬品、医療機器分野です。そこで、医療分野における規制からデジタル教科書の制度設計に対する示唆を得たいと私は考えております。なお、これから医療用語が少し出てきますが、これについては配付資料の表に書き出しておりますので、御覧ください。まず、データ活用についてお伺いしたいと思います。教育分野の個別最適な学びを実現するためにデータの活用が重要になると想定されますが、そういったことを考える上で、医療領域のテーラーメード医療の事例から示唆を得ることができると思います。特に、学習ログなどは医療領域におけるパーソナル・ヘルス・レコード、これは個人の健康情報です、そしてリアルワールドデータ、これは研究開発に用いるデータ、このような活用が考えられます。医療領域において、特に研究開発の面で個人情報保護とデータ活用の両立について制度設計や制度改善が図られてきたことが知られます。ここで、厚生労働省の政府参考人に伺いたいと思います。学校教育への示唆を得るために、医療におけるパーソナル・ヘルス・レコードやリアルワールドデータの活用の現状と課題について簡潔にお答えいただければと思います。個人情報の保護と、一方でその情報の活用によって医学の進化が進んでいるのだということを認識しました。では、次ですけれども、先ほど申し上げたように、デジタル教科書はハードウェアとソフトウェアから構成されますが、例えばハードウェアはiPadやノートパソコンなどの市場流通品を使用する一方で、その中身ですね、ソフトウェアに関する製造管理、品質が次に重要な論点になってくるというふうに思います。このソフトウェアとしてのデジタル教科書が電子書籍やPDFファイルの枠を越えてよりインタラクティブなものになったとき、教科書検定がどのように行われるのか考えていかなければならないと思います。これを考える上で参照できる事例が医療機器プログラムのSaMDの承認審査です。SaMDというのは、診断や治療の補助、予防、モニタリングが行われるプログラムのことですね。こういった医療の機器は、審査を受けて承認や認証を受けないと、製造販売、すなわち市場出荷することができないということになっています。この点に関しては教科書検定と似ている部分があると私は考えます。ありがとうございます。デジタル教科書も止めどない進化を遂げると思いますので、このような審査方法も一つ参考になるのかなというふうに考えております。続いて、検定を経た教科書の内容を変更する際の手続を取り上げます。教科書検定規則の十四条と十五条には検定済図書の訂正という規定がありますが、内容を訂正した後に刷り直して再給与するにせよ正誤表を配付するにせよ、教科書発行者の負担が大きいことから消極的に運用されているものと推察します。しかし、デジタル教科書では、内容の変更、変更後の再給与が容易なことから、記載内容を含めた教科書の品質の継続的改善が期待されます。このとき、企画、設計、開発、製造、使用、終売、廃棄といった製品ライフサイクルの観点を盛り込んだ変更手続制度を、それを制度化する必要性が生じると考えます。ありがとうございます。デジタル教科書もどんどん進化していくと思いますので、デジタル教科書の教科書検定や変更管理を考える上で参考になる事例だったと思います。ありがとうございます。続いて、サイバーセキュリティーについて取り上げさせていただきたいと思います。GIGAスクール構想に基づく一人一台端末環境が整備され始めた二〇一九年から、学校教育の情報化の推進に関する法律、教育情報セキュリティポリシーに関するガイドラインを整備、対応してきたことが知られております。しかし、これは使う立場であって、製品であるハードウェアやソフトウェア、それ自体について、作る立場からサイバーセキュリティーの確保を求めるものではありませんでした。デジタル教科書については、製品自体のサイバーセキュリティーを考える必要があると考えます。ここでまた厚生労働省の政府参考人に伺いたいと思います。この場合も医療機器の事例が参考になると思いますが、医療機器のサイバーセキュリティーの確保に関する制度について簡単に教えていただきたいと思います。IMDRFガイダンス、これは医療機器サイバーセキュリティの原則や、またJIS規格にもなっているというふうに存じているのですが、是非説明していただければというふうに思います。ありがとうございます。文部科学省は、これまで、産業を所管しているということではないので物づくりという観点はなかなか持ちづらいのかなというふうに存じておりますが、デジタル教科書に関しては、製品の観点からこのようにレギュレーションを考える必要があると思います。続いて、災害時における教育の継続性について伺います。デジタル教科書は情報システムであることから、災害時にも教科書さえあれば授業を再開できるといった青空教室のようなものは実現困難です。教育の継続が多くの要素に依存することを前提に対策を考える必要があり、その際、事業継続マネジメント、BCM、ビジネス・コンティニティー・マネジメントの整備が有効であると考えます。そして、そのツールとして、事業継続計画、BCPですね、ビジネス・コンティニティー・プランを策定したり、演習、訓練を行ったりすることが有効だと思います。特に、医療機器や情報システムに関するものを簡潔に教えていただければと思います。ありがとうございました。これまで厚生労働省から医療分野における先進的なデバイスの規制についてお伺いいたしました。最後に、文部科学大臣にお伺いしたいと思います。これまでの医療分野の質疑を通じまして、デジタル教科書の制度設計に対して参考にできるポイントはないか、また、これまでのデジタル教科書の議論は本当に十分だったのか、是非御意見をお聞かせいただきたいと思います。会派を代表し、本法案に反対の立場から討論いたします。前提として、私は、デジタル教科書の可能性を否定し、紙に固執しているわけではありません。本法案は、教科書を紙に限定する規定を削除するものにすぎず、直ちに教科書が、紙の教科書が氾濫、失礼しました、直ちにデジタル教科書が氾濫するわけではないことも理解しています。具体的な運用は現行法でも学習指導要領と検定基準に委ねられ、大臣指針も成立後に示されるといいます。ただ、私は、まさにそれにこそ制度設計をめぐる議論の不十分さが現れていると考えます。これまでの学習者用デジタル教科書は、紙と同一の内容をデジタル化した教科書しかなく、電子書籍やPDFの域を出ないものでした。ですが、デジタル技術には予測困難な無限の可能性があり、紙とは本質的に異なる製品の発展も考えられます。具体的に危惧する点を三つ挙げます。しかし、媒体の物差しが必要かどうかの議論は十分ではありません。これは、教科書がもたらしてきた全国での水平的平等を揺るがし、教育体験の格差を拡大させるおそれがあります。第二に、デジタル教科書は、もはや本ではなく、ハードとソフトで構成される情報システムです。学習ログの取扱い、継続的な更新の管理、サイバーセキュリティーの確保など、製品に主眼を置いた規制の設計が必要です。医薬品や医療機器の承認、変更管理の仕組みが参考になるはずですが、そうした議論がまだ足りていないと考えます。第三に、教育現場の受入れ準備です。災害時の継続も従来のようにはいかず、教員にも従来とは異なる準備が求められます。これは、かつてデジタルデバイドと呼ばれた問題にも重なります。教科書は、学級の中だけではなく、全国での協働的な学び、言わば学びの体験の共有にも大きな役割を果たしてきました。その多様性をどうコントロールするのか、制度設計が不十分なまま児童生徒の環境を変えることは慎重であるべきだと考えます。議論はまだ不十分であり、まだ我々は児童生徒の未来に責任を負える状況にはないと考えます。参政党の後藤翔太です。私は、会派を代表して、学校教育法等の一部を改正する法律案について質問いたします。本改正法案は、教科用図書という紙媒体を前提した文言を、デジタルな形態を含み得る教科書という文言へ改める点に大きな特徴があります。文部科学省の説明資料には、本改正によって教科書は、紙、デジタル、ハイブリッドの三類型から選択できるようになる、受け取ることのできる記載が見られます。しかし、教科書の形態に関する具体的内容は教科書検定基準などの下位規定に委ねられていることから、正確な説明ではありません。文部科学大臣の見解をお伺いします。これまでの議論の多くは、中教審、令和の日本型学校教育答申の枠組みの中で行われてきました。その中心は、デジタルデバイスが知徳体に与える影響、すなわち、学力、社会情動的スキル、非認知能力、健康への影響に関する議論であったように感じます。そこで、デジタルデバイスが児童生徒の知育、徳育、体育に与える影響について、文部科学省として現時点でどのように評価しているのか、文部科学大臣に総括的な見解を伺います。教科書が存在することで、北は北海道、南は沖縄に至るまで、全国の子供たちが、学習指導要領と教科書検定に基づく一定の内容を学んできました。そこには、全国どこでも同じ教育を受けられるという教育の水平的平等を支える役割がありました。我が国の教科書制度の歴史を振り返れば、一八八六年の検定制導入、一九〇三年の国定化、一九四八年の検定制復活、常に、どこまで記載内容の差異を認めるか、これが争点となってきました。今回の改正は、そこに新たに媒体軸を加えるものです。紙なのか、デジタルなのか、あるいはハイブリッドなのか、内容だけでなく、媒体そのものに差異が生じることになります。その結果、教科書間の差異は従来以上に複雑化し、児童生徒の学習体験は大きく多様化する可能性があります。しかし、それは同時に、全国どこでも同じ教育を受けられるという教育の水平的平等を弱めることにもつながりかねません。学校教育体験を共有することは、ネーションとしての一体感形成にも関わる重要な要素であると指摘されています。令和の日本型学校教育答申では、ICTの効果的活用による個別最適な学びが提唱されていますが、その推進が紙の教科書と学習指導要領、教科書検定が相まって担保してきた教育の水平的平等を損なうことにならないのか、文部科学大臣の見解を伺います。さらに、教科書に媒体軸が加わることで、考慮すべき点は飛躍的に増加します。なぜなら、デジタル教科書は単なる本ではなく、情報システムだからです。情報システムは、ハードウェア、ネットワーク、OS、プラットフォーム、データ形式、互換性、セキュリティー、UI、UX、アルゴリズム、そして家庭環境、挙げれば切りがないほど多数の要素に依存します。つまり、教育環境の整備は、紙の教科書のようにシンプルではありません。これらを全国的な水準で整備し、全国どこでも同じ教育を実質的に保障することは並大抵のことではないと考えます。例えば、本年三月に公表された学校のネットワーク状況に関する調査では、全ての授業で多数の児童生徒が同時に端末を活用しても支障が生じない水準である必要なネットワーク速度を確保済みの学校は六三・九%でした。全国どこでも同じ教育と言える水準にはありません。文部科学大臣の現状認識を伺います。また、私は、デジタル教科書をめぐる議論では、デジタル教科書とは何かという形態論そのものが十分に議論されていないのではないかと感じています。多くの人は、デジタル教科書と聞くと、電子書籍の延長をイメージされるかもしれません。しかし、教科書検定などの下位規定次第では、その形態は大きく変わり得ます。二〇〇〇年代には、ニンテンドーDSの学習ソフトが普及しました。二〇二五年には、ADHD治療用ゲーム、エンデバーライドが医療機器ソフトウェアとして薬事承認されています。また、企業研修ではe―ラーニングが広く活用され、医師の手術教育にはVRも導入されています。こうした事例を踏まえれば、デジタル教科書は、キンドルのような単なる電子書籍にとどまらず、ゲーミフィケーション要素やVR、インタラクティブ機能などを含む多様な形態へ発展していく可能性があります。教育の場にどのような媒体が入り込み、認知発達や学習体験をどう変容させていくのか、この将来像について十分な社会的合意が形成されているとは到底言えません。文部科学大臣の見解を伺います。さらに、デジタル教科書は情報システムである以上、学習ログや生体データの収集、活用が技術的に可能になります。アップルウォッチのようなデバイスと組み合わせると、その可能性の幅は大きく広がります。しかし、こうしたデータ収集と活用は、児童生徒のプライバシーや人格形成にも深く関わる問題であり、情報セキュリティーのリスク、デジタル主権の観点からも極めて慎重であるべきです。情報の管理が不適切な場合、抜き取られて悪用されてしまう危険すらあります。改めて、強調したい点を三点申し上げます。第一に、本改正法案は、紙、デジタル、ハイブリッドの教科書の三類型を直接規定するものではありません。あくまで教科用図書を教科書に改めるものであり、具体的内容は教科書検定基準などの下位規定に委ねられています。本法案は、教科書を紙に限定する規定を削除するものであって、その意味で、本法案によって三類型が認められるという説明には一定のミスリードが含まれており、議論が限定的になっているおそれがあります。第二に、デジタル教科書は、紙の教科書のようなシンプルな媒体ではなく、多数の条件に依存する情報システムです。全国どこでも同じ教育を保障するためには、極めて高度で継続的な環境整備が必要になります。第三に、デジタル教科書は、単なる電子書籍にとどまらない可能性を持っています。デジタルの恩恵を受けられる希望的な側面がある一方で、デジタル技術の可能性の無限の広がりを持つことから、自由度が高まり過ぎることによって、教育行政や教育現場でのコントロールが困難になるおそれがあります。しかし、この将来像や形態についての議論は、いまだ十分とは言えません。以上の理由から、デジタル教科書についての制度、社会的議論が十分尽くされないままの、この可能性を大きく切り開く本改正法案には、私は懐疑的であります。もっとも、その一方で、学校現場におけるデジタル化が既に相当進んでいることも事実です。私自身、先日、我が党の渡辺藍理衆議院議員とともに、ある小中学校を視察し、実際にデジタル教材にも触れさせていただきました。現在の児童生徒には、日常的にICTやデジタルデバイスに接する環境の中で学ぶ、言わばデジタルネイティブ世代であると言ってよいと思います。そして、教育は学校の中で完結するだけ、するものではありません。児童生徒は、やがて社会へ出て、日本社会を支える主体となります。デジタル大臣のお考えを伺い、私の質疑を終わります。ありがとうございました。さて、大臣は所信表明にて、消費者が安全、安心に取引できる環境、すなわち健全な市場の整備が急務とコメントされておりました。一方、デジタル化の進展に伴い、人を欺いたり操ったりするUIデザイン、ユーザーインターフェースですね、これらが登場し、市場の健全性を損ねています。こういったUIデザインは、ダークパターンと呼ばれております。私は、ダークパターンという名称は二〇一〇年に初めて用いられたと今申し上げました。その後、二〇一〇年代後半から二〇二〇年代前半にかけて、欧州、米国ではダークパターンに対する法規制が進んでいます。我が国の現状を見ると、消費者保護に関する法規制、個人情報保護に関する法規制、競争促進に関する法規制によって幾つかのダークパターン類型に対処してきたことが指摘されています。一方で、ダークパターンという用語が国内で使われ始めたのはごく最近のことです。消費者行政は消費者と行政の間をつなぐ非常に重要な存在だというふうに考えますので、そういった団体の先進的な取組を周知するといった応援ができればというふうに思います。一方で、ダークパターンの名付け親、ハリー・ブリヌル氏は、ダークパターンを防ぐための試みとして、倫理規定、教育、また反対の概念としてブライトパターン、社名公表等さらし上げ、業界の自主規制を列挙して、失敗した試みというふうに総括をしております。そして、法規制の必要性を説いております。ダークパターンについて教育し、倫理規定を整え、企業を名指しして批判して、自主的に規制すればそれで解決するものだと思っていましたが、現状ではこれらのアプローチは全く効き目がないと認めざるを得ないと、そのように言っております。ここで政府参考人に伺いたいと思います。日本の取組の現状を考えますと、先ほどの氏の言う効き目のないアプローチというところが挙げられることが多いものです。ですので、これらの対策の取組の有効性と、また法規制の要否の検討を継続して考えていただく必要があるかなというふうに存じております。では、続いてです。ダークパターンは、デザイン、行動経済学、心理学などの成果を悪用しているわけですけれども、こういった学問、技術領域の成果をビジネスに活用すること、それ自体が悪いということではないと考えます。これらは一概に良い悪いという線引きをすることが難しく、一律の規制はイノベーションを阻害することにもつながり、結果的に消費者のためにもならないかもしれません。どのような法規制、ひいては社会の設計が望ましいと考えるのか、御見解をお聞かせください。二〇二四年に、国内居住者が海外サイトを経由して違法に国内外のスポーツに賭けた金額は約六兆四千五百億円であるというふうに推計されています。この数値は、文部科学省の令和八年度一般会計予算の一・一倍、スポーツ庁の令和八年度一般会計予算の百七十五倍にも当たる額であり、つまりこの衝撃的な数字は、つまりこれだけの量、スポーツの価値が毀損されているということでもあるというふうに考えております。この問題を放置されることは決して許されない、この違法賭博、またスポーツの価値の毀損に対して、政府はこの状況をどのように受け止め、どのような対策を講じているのか、政府参考人にお伺いしたいと思います。北米の四大プロスポーツ、メジャーリーグ、NBA、NFL、NHLありますが、放映権のビジネスが最大の収入源であるということが知られております。一方、日本でも、JリーグやBリーグでの取組が進んでいますが、しかし、この北米スポーツと日本のスポーツには規模の格差が存在し、また、日本による放映権のビジネスの拡大には様々な課題があるというふうに感じております。この課題に対し、日本のスポーツはどのような取組が可能であるか、また、この日本スポーツ界に不足していることはどのようなことか、政府参考人にお伺いしたいと思います。では、続きまして、競技間連携についてお伺いしたいというふうに思います。例えば、Jリーグには連帯貢献金や育成補償金といった、若い才能を育てた町のクラブや学校等を、その選手を育てた組織に金銭的に報われるような仕組みが存在して、これはBリーグにも今後導入される見込みだというふうに聞いております。こういった先進事例があり、ほかの競技団体で当然それが活用できるかどうかは別ですけれども、日本スポーツがこういった先進事例、いい事例があるよということを共有していたり、そういった取組を全体で包括していくということは非常に必要だというふうに考えております。参政党の後藤翔太でございます。今回は、国際情勢の変化とエネルギー安全保障、また脱炭素、カーボンニュートラルへの取組、またそういった課題、そういったところも御説明いただいたというふうに思っております。今回、いろいろと御説明された課題というところは、それは認識できたんですけれども、私としては、今回説明されなかったところにも大きな課題があるのではないかというふうに考えております。それは、このエネルギー政策を進めていく上でのシンボルや物語の欠如ということだというふうに考えております。こういった観点から、特に原子力発電、また脱炭素政策にフォーカスを当てて御質問させてください。まず、エネルギー安全保障という観点でいけば、資源が乏しい我が国においては、輸入の多角化、そういったところは当然考えられるというふうに思います。また、今回の中東情勢の変化というところでも、冒頭御説明いただけたというふうに思っております。これがエネルギー安全保障の上での核心だということは私も理解しています。ただ、その一方で、戦後のエネルギー政策を考えていくと、その政策のシンボルはその資源の獲得とは別のところにあったというふうに考えます。このシンボルが原子力であり、また原子力の平和利用という物語であったというふうに考えます。原子力は戦後、当時の最先端分野ですから、それをしっかりと平和利用できるということは科学技術立国の象徴だったと思いますし、また、被爆国だからこそできる核の平和利用、それを先導していくという動機付けがなされてこの原子力の導入が進んでいったというふうに考えております。原子力の最盛期でも三割ほどの発電量ということですけれども、このエネルギー政策の話題がしっかりと原子力にフォーカスが当たったということは、そういった背景があるというふうに考えております。また、この物語によって原子力の平和利用という名の下に安全神話がつくられ、また、一般国民がそれを受け入れることによって原発は安全であると誰もが信じる社会基盤が構築されたというふうに思っています。ただ、結果としては、この神話と実態に乖離があり、最終的には大震災での事故につながったというふうに考えております。そういった中で、現在、Sプラス3Eということで、安全性は非常に強くうたわれていると、示されているというふうに理解をしていますが、原子力の平和利用というようなシンボリックな物語は当然時代とともに意識されることが少なくなっていて、技術論や、また電源の合理性といった手段としての原子力発電の側面から再稼働に向けた議論が進んでいるというふうに考えます。ただ、戦後の日本が被爆国でありながら原子力活用を踏み出す際に原子力の平和利用というシンボルを必要としたように、今回の福島原発事故、これ、こういった大きな災害を乗り越えていく、その事故を乗り越えていく、そのためには、我々日本にとって非常に強い大きなシンボルやまたシナリオが必要だというふうに考えております。また、震災をこういった乗り越えていくためにどのような物語を示す必要があるとお考えになるか、お聞かせください。今のところで、済みません、追加で御質問させていただきたいんですけれども、震災から十年たった第六次エネルギー基本計画では、可能な限り依存度をまず下げるというふうにお示しがされていたと思います。十年以上もその方向性が続いていたということで、原子力の新設の案件が喪失して、将来への見通し、そういったところに希望が持てずに、そこに関わろうとする人も少なくなっているという認識です。この谷に向かった原子力発電をこの上昇気流に乗せていくためには、相当強い決意や覚悟が必要だと思うので、こういったストーリー性を是非お伺いしたいなというふうに思います。今回の経済産業省から出された資料の五十三ページに、原子力が直面している課題の対応性、方向性といったところもございますが、この課題と今後の方向性をコネクトするシナリオが、ストーリーが必要だというふうに思います。ありがとうございます。我が党も原子力の最大活用というところには賛成しています。ただ、それを前向きに動かすためには、政府の強い覚悟、決意を持ったストーリーを国民に訴える必要があるというふうに考えますので、引き続きお願いいたします。では、続いて、脱炭素政策について御質問させていただきたいというふうに思います。先ほどの御説明があったとおり、脱炭素への取組の重要性ということをお示しいただいたと思います。ただ、この先ほどされた説明とは逆に、現在、世界的には脱炭素に対して懐疑的な見方だったり、また、再生、再エネが進むことによってコストが上がり、生活が苦しくなっていくということであったり、また、この経済産業省の資料の三十六ページに、これ、説明が飛ばされていたんですけれども、グローバル企業の方向性ということが示されています。それに対して国が合わせていくんだよと、そういった資料に私は感じました。つまり、国家又は世界が主導していくというよりは、このグローバル企業の方向性に国が合わせるよというところでは、この日本の、我々国民の生活がなおざりにされているのではないか、そういったことも考える国民もたくさんいらっしゃると思います。そういった中で、現在たくさんの課題がこの脱炭素、再エネ政策というところでは浮上しているというふうに思いますが、それを超えてでも、この日本国民に負担を強いてでもこの脱炭素を進めていこうというシナリオがどこにあるのか、環境省にお伺いできればというふうに思います。参政党の後藤翔太でございます。三回の参考人質疑を通じて多くの貴重な知見をいただくとともに、日本を取り巻くエネルギー事情について改めて考える機会をいただきました。その内容を踏まえて意見を述べさせていただきたいと思います。二〇一一年の東日本大震災を受けて原発が停止し、その穴を埋めるように再エネ発電、特に太陽光発電がFIT・FIP制度の後押しもあって急拡大しました。この急激な変化を受け入れる準備がなされていなかったこともあり、特に地域住民と発電事業者の間に深刻なあつれきを生むことになりました。確かに、当時の国民感情、国際社会のまなざし、電源の制約がある中で、解決策を太陽光発電に求めるしかなかった事情は理解しております。しかし、この再エネ発電の推進が日本中に地域問題を拡散してしまいました。二〇五〇年カーボンニュートラルという目標についても、目標そのものが独り歩きし、国民負担、産業競争力、エネルギー安全保障、地域環境への影響について十分な検証を欠いたまま進められるのであれば、こちらも拙速と言わざるを得ません。とかく、脱炭素追求はイデオロギー的な色彩を帯びる面がある一方、昨今では、むしろ一種のビジネス、すなわち強大な市場や利権を生む産業として展開されているとの指摘も世界中に強まっており、我々はそうした潮流にも懐疑的なまなざしを向けています。また、近代日本は資源の対外依存に悩まされてきたと言えます。つまり、資源の対外依存の管理は日本の生命線です。近年は、化石燃料に依存する火力燃料の電源構成における比率を下げ、再エネ発電の比率を上げていくことで対外依存を和らげる効果が期待されましたが、再エネ発電シフトは化石燃料依存を鉱物依存に変化させるだけで、対外依存はなくならないことが明らかになってきました。加えて、日本のこれまでの施策を見るに、国際分業によって世界中が豊かになるといった牧歌的な期待をグローバリズムに抱いてきたように思います。何より、私は特色ある地方が失われてしまうことをとても悲しく思います。地方の存続のためには、エネルギーを地産地消することも大切です。エネルギー自給率や電源構成比から見ると微々たる量かもしれませんが、中小水力発電や地熱発電、バイオマス発電はこういった文脈で真価を発揮することが期待されます。そして、本日の政府に対する質疑でも申し上げましたが、戦後日本のエネルギー政策の象徴的な物語であった原子力の平和利用について総括し、その現代的な価値を見直すべきだと考えます。そして、脱炭素が本当に新たな問題を……。担えるのか、そういった視点を含めて、エネルギー政策を貫く理念を検討すべきと考えます。以上をもちまして、私の意見表明とさせていただきます。本当にありがとうございました。今般の世界情勢は、政治的思想、特に反グローバリズム、自国優先主義、そういった傾向から国際情勢も非常に変化しておりまして、その観点においてはエネルギー安全保障の重要度というものは非常に高まっている、そんな時代に突入したかなというふうに思っております。そういった中で、最後の瀧口参考人からの、アメリカ人の方からですかね、大変だね、頑張ってねという言葉はまさにそういったことを示唆しているのかなというふうに考えております。そういった中で、まず山地参考人にお伺いしたいんですけれども、山地参考人がお勤めになっているRITEの方で、カーボンニュートラルを達成するのであればこのような電源構成であるというシナリオの論文を拝読いたしました。その中で、水素やアンモニアを燃料とするような、そういった期待度も感じられたんですけれども、改めて、未来のエネルギーとしての期待度、どのようなものか、お聞かせいただきたいと思います。また、その水素、アンモニアに関しては、やはり海外からの輸入ということがお書きになっていたと思うんですけれども、そういった観点からは、今回のエネルギー安全保障という考えからは少し、自国生産していくという意味では難しいのかなとお考えになりますが、そういった水素、アンモニアがまた未来、国内での生産がコスト的にも可能になってくるのか、そういったところの御意見、お聞かせください。今回、サーキュラーエコノミーという概念の非常に重要度を御示唆いただいたというふうに思っております。また、これはプラネタリーバウンダリー、つまり、地球に限界があり、またエネルギー安全保障という観点からも今回のところは非常に重要な観点だというふうに考えております。そういった中で、サーキュラーエコノミーの基本原則の中で、廃棄物は設計上の選択の結果であると。ありがとうございました。エネルギー安全保障についていろいろな観点で考えていかなければならないということを改めて感じさせていただきました。ありがとうございました。よろしくお願いいたします。今回の調査、質疑を通じまして、我が国のエネルギー安全保障をめぐる状況を考えますと、様々な制約条件を前提として、常に電源構成のベストミックスを追求しなければならないということを理解しております。その中で、近年のエネルギー政策を振り返りますと、東日本大震災と福島第一原発事故が契機となり、原子力発電が停止いたしました。ただ、その発電量を埋めるために再生可能エネルギーへの傾斜を強め過ぎた結果、現在、トレードオフとして多くの問題が生じることとなりました。現在、再エネ対策は、政策は岐路に立たされているというふうに考えます。その中で、改めて、原子力発電が注目されているというふうに認識をしております。ただ、しかしながら、この原子力発電も大きな問題を抱えているというふうに考えます。それがバックエンドの問題です。使用済燃料の取扱いから処理、処分までのプロセス全体を指す言葉ですが、その中でも最も困難な課題が、高レベル放射性廃棄物の最終処分です。この問題は、限定的なエネルギー政策の話だけではなく、科学的不確実性、地域間の公正、世代間の倫理、これら三つが複雑に絡み合う、社会全体の問題です。そして、これらの課題に真正面から向き合わない限り、震災と原発事故を経験した我々日本社会が原子力発電の拡大を受け入れることは難しいというふうに考えています。ただ、その一方で、AIの普及による電力需要の増加が見込まれ、そして、再エネ急拡大がもたらしたゆがみへの対策も急務です。原子力を見直す上でも、バックエンド問題を避けて通ることはできないというふうに考えます。そこで、今回は、高レベル放射性廃棄物の最終問題を中心に質疑をさせていただきたいというふうに考えます。まず、これまでの経緯を簡単に確認させていただきたいと思います。最終処分に関しましては、二〇〇八年以降、原子力委員会、日本学術会議、資源エネルギー庁の専門会議において報告が出されております。そして、二〇二五年に政府は、特定放射性廃棄物の最終処分に関する基本方針を閣議決定し、政策は実装段階に入っているというふうに考えます。ここで私が危惧しているところは、この選定が、地質的に最適な場所ではなく、社会的に抵抗の少ない地域に押し付けられていないのかという懸念でございます。選定プロセスや合意形成プロセスにおいて政府はどのように向き合っていらっしゃるのか、原子力の進んでいる海外事例も踏まえてお答えいただきたく、お願いいたします。知識、経験、法的責任の継承を考えていくときに、この担い手である電気事業者が事業を継続していくということは大前提でございます。特に、東京電力ホールディングスは、原子力損害賠償・廃炉等支援機構が株式の過半数を保有する実質的な国有企業と言ってもいいとは思います。ただ、キャッシュフロー計算書を見ると、投資活動によるキャッシュフローが毎年大幅なマイナスで、営業キャッシュフローを大きく上回っている投資超過の状態が続いています。日本を守る重要なインフラですから、日本の政府がしっかりと介入できるそういった意思決定の状態を築いていただきたいというふうに思います。改めて、我々参政党は、再生可能エネルギーの無秩序な拡大には反対しておりまして、ただ、その代替電源として現実的な選択肢の原子力発電の有効利用ということは訴えております。ただ、このバックエンドの問題を解決しない限り、原子力推進は絵に描いた餅となっていくというふうに考えますので、科学的不確実性、地域間の公正、世代間の倫理、そして事業継続、そういった全てに対して真剣に向き合っていかなければならないということを訴えまして、今回の質疑とさせていただきます。ありがとうございました。さて、早速ですけれども、質問に移らせていただきます。四月二日の文教科学委員会では、現在日本社会が抱えている外国人問題に対し、ネーション、共同体意識の共有という観点から日本語教育の重要性を議論させていただきましたとともに、言葉は、歴史、文化、価値観が凝縮されたものであり、共同体の形成を支える根幹だということをお伝えさせていただきました。ただ、共同体の記憶を伝え、共有するものは言語だけではないというふうに考えます。また、文献では、国立科学博物館は自然史領域と産業技術史領域の両方を含む総合博物館ですが、本来的に基礎科学と応用科学、工学は区別して考えるべきという、そんな概念があるということも指摘されています。基礎科学である自然史領域と応用科学、工学である産業技術史領域は伝統も研究風土も評価の物差しも異なります。国立科学博物館が総合博物館であることによって自然史博物館としての発展を窮屈なものにしてしまったのではないかという指摘もありました。そこで、新たに沖縄県に国立自然史博物館を設立しようという構想があります。国立沖縄自然史博物館は、標本保存、研究を中核機能とし、国際拠点性を有する施設を目指しています。英国のロンドン自然史博物館、フランスの国立自然史博物館、米国のスミソニアン国立自然史博物館のような国際拠点がアジアには存在しないことから、この空白を埋めることが求められております。そして、多様な価値観は論争性を伴います。学校教育においても、特に社会科教育において、コントロバーシャルイシューズ、論争上にある問題というテーマが存在します。二〇一五年に発刊された欧州評議会の白書では、論争上にある問題を、強い感情を引き起こし、コミュニティーや社会を分断される問題と定義しています。そこで、今回の質疑では、学校における論争上にある問題を取り上げ、その中でも主権者教育、政治的教養の教育、そして教科書問題を取り扱いたいと思います。本年三月十六日に発生した辺野古沖転覆事故は誠に痛ましく、私自身胸を締め付けられる思いでございます。御遺族のことを思うと言葉がございません。この場をお借りして、お悔やみ申し上げます。本件に関して文教科学委員として私にできることは、このような事故が二度と起こらないように、教育行政の視点から予防措置を講じるよう求めることであり、それは論争上にある問題を主権者教育、政治的教養の教育の観点から議論することであろうというふうに思っています。この度、辺野古沖転覆事故は、特定の政党の支援を受けた団体の政治活動である辺野古基地移設抗議運動に生徒が動員された疑いがあり、実際に学校が抗議活動への参加をお願いしていたことが報道でも明らかになっています。このことは、学校が特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育、その他政治的活動をすることを禁じた教育基本法第十四条第二項に反しているのではないかというふうに考えられます。ここで、大臣に伺います。お立場は承知しております。論争上にある問題というところですけれども、これは強い感情を引き起こし、コミュニティーや社会を分断させる問題であることから、教育の場におけるその取扱いについて、特に欧米各国で議論されています。中でも有名なものがボイテルスバッハ・コンセンサスです。これは、当時の西ドイツにおいて、冷戦下の激しいイデオロギー対立が政治教育に分断をもたらしたことから、一九七六年に大学の政治教育学者が、政治教育に関する見解の対立をどのように扱うべきかに関して合意を目指して協議を行い、会議終了後に発表されたものでした。ボイテルスバッハ・コンセンサスは、目標や構想に関する実質的な合意というよりは、授業の実施に関する基本原則の合意というべきものです。三つ目は、生徒志向の原則です。生徒が実際の政治状況と自分の関心、利害を分析できるようになることが政治教育の目的であるというものです。ボイテルスバッハ・コンセンサスには日本的な文脈の再構成が必要であるといった意見もあるようですけれども、学校教育において政治的中立性を保ち、政治的にデリケートな問題を自由に議論する学習環境を可能にするための原則として、ある一定の普遍性があるというふうに受け止めております。この表の二列目を御覧いただくと、文部科学省の通知はボイテルスバッハ・コンセンサスの原則と重なる部分があるというふうに確認しております。ちなみに、この通知は、二〇一五年に成人年齢が引下げの際のもので、投票権、選挙権を有する高校生が学校に在籍することになるため、学校における主権者教育、政治的教養の教育を取り巻く環境変化に対応するためのものでした。ここで、政府参考人にお伺いしたいと思います。ここで、一つ御紹介させていただきたいと思います。今回の、取り上げましたボイテルスバッハ・コンセンサスという考え方を法規制に反映させている国がございます。配付資料の二ページ目を御覧ください。これは、イギリスの教育法、エデュケーションアクトから該当部分を抜き出したものと、その私訳でございます。第四百六条が圧倒の禁止の原則、第四百七条が論争性の原則に対応しているということが読み取れます。今、学校への適用というお言葉いただきましたけれども、今回私が取り上げたボイテルスバッハ・コンセンサスというところにはある一定の考え方、普遍性があるということから、例えばガイドラインのような性質を持つものに対してなじみやすいというような考えを私は持っております。しかしながら、今回の事案ですね、辺野古沖転覆事故の発生を防ぐことができなかったというところに関しましては、教育現場への浸透、実装に当たって、やはりこういった、これまでの教育基本法の理念やまた通知が浸透し切れていなかった、そういったところがあるというふうに考えます。事故の発生を受けて、文部科学省は四月七日に三局長連名の通知を発出しております。論争上にある問題、主権者教育、政治的教養の教育に関する記載は五ページ目にありますが、その内容を抜粋したものが配付資料三ページ目でございます。私自身もしっかりと確認をいたしました。というのは、この通知というものは、そもそも学校の設置者に宛てたものであり、その内容がそのまま学校や教員にまで届くわけではないということです。通知や補助教材のほかに、学校や教員の実務上の判断を助ける具体的な運用方針がないと、運用方針がないことがこの問題の核心であるというふうに考えております。配付資料の四ページ目を御覧いただきたいと思います。これは、こちらで考えてみたものですけれども、例えば沖縄在日の米軍基地の問題を扱う場合にはこのように考えるべきといった具体的な運用方針を示すことが、教育活動の逸脱、教育の名を借りた政治活動を防止するとともに、論争性を前提として中立性が手続的に担保され、現実の具体的な政治的事象を取り扱いやすくなるというふうに考えてみました。ここで、大臣に伺いたいと思います。私は、今回、辺野古沖転覆事故のような教育活動の逸脱、教育の名を借りた政治活動を防止する予防措置の観点から、教育における論争上の問題に向き合う上でよるべき原則、現状の文部科学省の施策に不足があるということを考え、今回お伝えしました。教育と政治活動の境界が曖昧なままで運用が現場任せとなり、結果的に教育活動の逸脱が見過ごされている現状を改善するため、実務上の判断を助けるような具体的な運用方針を定める必要など、より踏み込んだ対策はお考えになっているでしょうか、お聞かせください。ただいま学校側に期待するというお言葉ありましたけれども、期待するだけではなく、こちら側がしっかりと御提示していく、示していくということも改めて必要かなというふうに考えております。そして、教育においては、論争上の問題が今おっしゃったように適切に扱われることが重要なことだというふうに考えています。今回の事故に関して、二度と同様の事故を引き起こさないようにするために、あらゆる角度から真意を探り、そして行政的に対応していくことを求めてまいりたいと思います。ここにはボイテルスバッハ・コンセンサスの圧倒の禁止の原則が明文化されているというふうに読み取りました。ただ、今申し上げたように、我が党に寄せられる声に耳を傾けると、近代史、特に第二次世界大戦に関する記述において、感情に働きかける教育体系において児童生徒が圧倒され、一方的な価値観を植え付けられているというような強烈な問題意識を持っている方がいらっしゃるということが分かります。確かに、第二次世界大戦に関しては、余りの壮絶さから感情の動きを喚起しないことは難しいかもしれません。二〇一四年の検定基準改正により、圧倒の禁止というところは制度的に手当てされているはずです。しかし、現実には、近代史教育、とりわけこの第二次世界大戦に関しては、感情的な圧倒、特定の歴史観を、失礼しました、感情的に圧倒され、特定の歴史観を植え付けられたと感じている国民が少なからず存在しています。また、生徒が感情的に圧倒されることなく、自らの判断で歴史を受け止められる教育環境の実現に向けて、大臣のお考えをお聞かせください。ありがとうございます。今大臣のお考え、お聞かせいただきましたが、しかしながら、社会学的なテーマ、例えばジェンダーなどの多様性、公平性、包括性、いわゆるDEI、そういったところに関しては、論争性の原則に基づく多元的な提示ができていないのではないかというふうに感じております。これは、社会学領域の政治性が非常に強く、学問自体に政治的、思想的な偏りが存在するということが一因なのではないかというふうに考えております。本日は、お三方から異なる立場からの重要な示唆、また情報をお示しいただきまして、誠にありがとうございました。今回のお話を伺って、私の整理なんですけれども、山本参考人からは、そもそもの再エネ政策の是非、ホワイですね、森田参考人からは、ペロブスカイト太陽電池への革新的技術、つまりホワット、そして山下参考人からは、技術、どのように導入して活用していくのか、ハウを、そういった観点でお話しいただけたというふうに思っております。これらを踏まえて、改めて日本のエネルギー政策を考えてみたときに、今回の再エネの部分につきますと、改めて日本は非常に分岐点に立たされているのかなというふうに考えております。問題を改めてこちらで考えて整理すると、まずは依存の問題です。石油のところで中東からの脱却を図ろうとして太陽光パネルを例えば推進しようとすると、そうすると太陽光のサプライチェーンで、又は鉱物で中国に依存度が上がってしまった。また、次は環境破壊ですね。そして、コストが増えるということですね。再エネ賦課金、また電気代の高止まり、そして再エネ推進に対して経済負荷がむしろ掛かってくるということも問題視されているというふうに考えております。こういったことを踏まえて、まず山本参考人にお伺いしたいんですけれども、第七次エネルギー基本計画で、日本は、二〇四〇年、再エネ電源を四割から五割、最大電源としてしていきたいという方向性を示しているというふうなことなんですけれども、この現行路線を突き進んだ場合、エネルギー安全保障や、また国民生活はどのようなところに到達するというふうにお考えか、是非御意見お聞かせください。続けて、山下参考人にお伺いしたいと思います。再エネ導入に関しまして、その技術をいかにうまく調和モデルとして提案して導入を推進されてきたというふうに認識しておりますけれども、その上で、先ほどお示しのとおり、様々な問題が起こっていることも事実だと思います。そういったところでいくと、再エネという技術や設備、それに問題があったのか、それとも一方で、それを進めていこうとするその政策、それに対して問題があったのか、いろいろな問題に対するその問題の所在というところは異なってくるというふうに思うんですけれども、山下参考人は改めてこの問題の所在が実際どの辺にあるのかというところを想定しているのか、お考えをお聞かせください。お三方からの意見、非常に参考になりました。再エネ政策に対して、岐路、分岐点に立たされている我々としては非常に、それを考える上で非常に勉強になりました。本日はありがとうございました。よろしくお願いいたします。本日は、予算案のポイントにある外国人に対する日本語教育の充実という取組を起点に質疑を進めさせていただけたらというふうに考えております。私は、この政策を単なる教育政策の一つではなく、今後の日本社会の在り方、すなわちどのように共同体を形成していくのかというテーマと密接に関わる重要なものだと認識しております。まず初めに、大臣に伺いたいと思います。これは、必ずしも民族的同質性を意味するものではなく、例えばスイスやベルギーのように、多様な民族によって構成されつつも共通の帰属意識を持つ国家も存在します。翻って、現在、外国人問題は、国籍によって権利義務を明確にする法的な解決が方法として施行されているという印象を受けますが、今あらゆる場面で生じている日本人と外国人との衝突はネーションの問題、つまり共同体としての感覚を共有できていないことにある、そういうふうに考えます。日本国籍を今この瞬間取得したことをもって直ちに日本人の地域コミュニティーがその人を仲間とみなすかといえば、そうとは限りません。本当の意味での共生を考えるのであれば、我々の根底にある認識や意識、世界観や社会観を左右するものは何かということに向き合う必要があるというふうに考えます。これを考える上で、中井氏は、言語の違いが特に重要であり、同じネーションとみなすためにも最も重要視されやすいのは、現地語を話すか否かであるというふうに指摘します。つまり、日本語教育は、日本人としての共同体意識を持つ上で非常に重要だということです。ここで、大臣に伺いたいと思います。このように明確に定義することが日本人、外国人双方の安心と秩序の形成につながると考えますが、御意見を伺いたいと思います。ただ、ネーションは拡張可能ですが、無限ではなく、会ったことがなくても同じ仲間と思える範囲にとどまると指摘されています。今、日本というネーションにある戸惑い、つまり、外国人問題は、これまで自分たちのネーションを構成してきたものとは異なる背景を持つエスニックな人々と直面していることにあり、同じ仲間だと思いづらいということが問題だというふうに考えます。ただ、日本というネーションがそういった異なる背景を持つ人々に直面したのはこれまでの日本の歴史で現代が初めてなのかというと、そうではありません。ここで、日本は、領域の中に、これまで包摂した東アジアの人々とは背景の異なるチャモロ人やカロリン人と呼ばれる人々を抱えることになりました。南洋群島を委任統治するための省庁である南洋庁が設立され、現地人向けの教育制度、インフラを整備しました。最終的には、公学校、公学校補習科、木工徒弟養成所という中等教育レベルまで学校が設立され、実際に運営されていました。南洋庁設置以降、現地児童は公学校に、日本人児童は小学校に通い、同じ学校には通いませんでしたが、教員と公学校と小学校間での異動は頻繁にあり、日本人教員と現地児童が教育を介して触れ合いを持ちました。要するに、日本は、こうした日本語を用い、教育を通じて、異なる背景を持つ人々を同じネーションに包摂しようとした歴史があるということです。ここで、政府参考人に伺いたいと思います。もう一段、この歴史を掘り下げて考えてみたいと思います。ここで行われた教育は、公民化政策や同化政策として、戦後は情緒的な批判をもって総括されています。しかし、このことが歴史的な評価や振り返りを限定的なものとし、真に得られる教訓が見落とされている可能性があるのではないかと私は考えました。同化政策を行うということは、その善しあしの評価をする前に、前提として、南洋群島の現地人は日本人と同化できる、すなわち教育によって日本人になれると当時の多くの日本人が認識していたことを意味しており、また、これは、日本というネーションが本質的には、閉じたネーションではなく、開かれたネーションであるということを示唆しているというふうに考えます。ただ、C式委任統治領は自国領ではないため、現地人は帝国臣民ではなく島民と呼称されたり、一等国民、二等国民、三等国民といった差別的な序列が内面化されていたり、さきに述べたとおり、通える学校が異なっていたといった同化意識と反する二重構造があったことも事実です。しかし、日本史の中で、近代は唯一日本が対外的に拡張する中で民族的な背景の異なる人々を領域内に抱え込んだ時期です。特に、南洋群島は背景の相違が顕著であり、そこで行われた施策は、ネーションという観点から振り返り、現代の外国人問題に生かすことができる教訓があるはずです。ですが、残念なことに、日本から南洋の記憶は薄れています。規範という意味では重要なのは、パブリックとプライベートを分けるということです。特定の宗教、特徴的な例ではイスラム教が挙げられますが、プライベートな信仰をパブリックな公教育に持ち込むことを求める傾向が知られています。かつてのフランスのライシテは見本として紹介されることが多くありましたが、残念ながら、イスラム系移民の増加によりその原則は揺らいでしまっているというふうに考えます。日本人は和を重んじると評価されることが多くありますが、これは言い換えると、公共の場では自らを抑制し他者の平穏を妨げないという社会技術と言えます。ありがとうございます。ただいまこちらからお伝えしたことは日本側から外国人に対する、そういった日本語教育の方向性をお伺いいたしました。ただ一方で、今度は、今、外国人に対する教育のお話をさせていただきましたが、今度は日本人に対してという観点でございます。先ほど申し上げたとおり、外国人に対しては日本人のルール、考え方を理解していただくことが重要ですが、一方、日本人は、内面化している規範を明確に外部に伝えていくという点では日本人は必ずしも得意ではないというふうに考えます。古くはルース・ベネディクトの「菊と刀」に例があるように、日本人には国際的にも特殊な規範意識を有していることが知られています。例えば、これは共同体としての意識を共有するという開かれたネーションという観点からは課題があるというふうに考えます。ですので、次は日本人に対しての教育という観点で政府参考人にお伺いしたいと思います。日本人が日本というネーションを対外的に主張、説明できるようになるために、教育行政やカリキュラム編成にどのような工夫が必要か、お伺いしたいと思います。最後に、大臣に伺いたいと思います。今回、予算案にある外国人への日本語教育の充実という施策は、日本が開かれたネーションを意識し、外国人がどうしたらネーションの一員になれるのかを示す観点においても非常に重要であるというふうに考えております。改めて、この施策の持つ意味をどのようにお考えになるか、お伺いできればと思います。ありがとうございました。本日の議論を通じて、日本語教育は、単なる言語習得の支援ではなく、日本社会を形作る極めて重要な政策であるというふうに認識しております。日本というネーションは閉じたものではなく、言語と規範を有することで参加し得る開かれた共同体であるというふうに考えます。参政党の後藤翔太でございます。早速ですが、消費者庁の予算を眺めてみると、この予算額が少ないのではないかというふうに感じました。百四十四億円というのは、経済産業省の一般会計三千七百五十四億円と比較すると四%弱でしかありません。日本における消費者行政は、産業振興、事業者育成の間接的、派生的なテーマと扱われてきた歴史があり、産業における生産者優位の流通も、流通システムも相まって、消費者庁が発足して十五年が過ぎようとする今もなおこのような状況にあるというふうにうかがわれます。消費者行政の司令塔である消費者庁の予算配分が少ないということは、消費者行政に対する理解が十分に得られていないことを意味し、またその影響は地方自治体や消費者団体にも及んでいくことになります。ここで大臣に伺いたいと思います。産業側、事業側である経済産業省の予算と比較してどう思われるか、お伺いいたします。また、どうしたら消費者行政のプレゼンスを上げることができるか、簡潔にお願いいたします。その中で、やはり、ただ、今おっしゃられたとおりの御発言ありましたけれども、現実は厳しいものだというふうに考えております。また、地方消費者行政は権限が限定的であること、経験、人員が不足していること、予算が限定的であるといった課題に直面しているというふうに考えます。また、そうした状況が生じる分野では、消費者と行政の間をつなぐ団体の活躍が期待されています。ありがとうございます。消費者行政は極めて重要であるにもかかわらず、国民の強い理解、関心を得られにくく、予算的にも人員的にも厳しい状況、運営を強いられているというふうに理解しております。理想的には、消費者庁が十分な予算を獲得し、それをてこに地方消費者行政や消費者団体にも予算獲得がしやすくなってほしいというふうに思っております。しかし、それが難しい現状であっても、消費者庁にできることはまだあるのではないかということを考えまして、今回、この一例として適格消費者団体と自治体との連携の事例を取り上げさせていただきました。私は、会派を代表し、政府提出原案に反対、共産党提出の修正案に反対の立場から討論を行います。三月二十六日の質疑では、私の事務所で行ったクラスター分析を紹介し、全国一律の政策は、地域市場である高校市場の構造変化をもたらし、都道府県間、そして都道府県内においても格差を拡大する可能性があることを御指摘いたしました。そして、文部科学省は、東京都と大阪府における先行事例をヒアリングしているものの、ほかの都道府県にどのような影響が生じるかを詳細に分析、検討できていないことも明らかになりました。一方で、大臣から、財政基盤のある東京都と大阪府のみ先行的に実施している状況が地域格差を招いているという全国知事会の御意見も御紹介いただきました。大臣の表明された、法改正をきっかけに公立高校と私立高校がそれぞれ魅力を高め合い、子供たちの教育の質が高まっていくことを目指すという決意は、肯定的に捉えております。加えて、文部科学省の事務の皆様から法案やグランドデザインに関する思いを伺っており、始まりは三党合意だったとしても、高校改革につなげていくんだという強い意思も感じておりました。自治体の無償化の恩恵を受けた経験のある家庭の声も聞きました。現に、無償化を織り込んで進路選択をして、入学を楽しみにしている家庭もあると思います。本法案に賛成しないということは、そういう方々の痛みを背負うということだと分かっております。ですが、やはり、この法案を多角的な視点から徹底的な分析がなされていない状態で成立させることは、余りにも無責任であると言わざるを得ません。公立高校が衰退すれば、日本の教育環境が壊れれば、決して元には戻らない。それを理解した上で、責任を持って、覚悟を持って考え、判断しなければならないというふうに思います。今回の質疑、委員会での議論を通じて、あらゆる懸念点、将来のリスクを背負ってでも本法案を可決すべきとは考えられるものではありませんでした。今この瞬間の目の前の利益のために日本の未来を支える教育の基盤が危ぶまれることは決してあってはならないことを申し上げ、私の反対討論といたします。ありがとうございました。議題である義務標準法の一部改正ですが、挙げられている三つの改正点のうち最も注目されているのは、学級編制の標準の改正、いわゆる中学校三十五人学級です。学級規模、クラスサイズを小さくする理由について、二〇二一年頃の文部科学省の資料には、ICTの活用と少人数学級を車の両輪として令和の日本型学校教育を実現すると記載されており、当時の萩生田文部科学大臣もそう語っている報道があります。令和三年一月二十六日に中央教育審議会が行った令和の日本型学校教育の構築を目指してという答申に目を通してみると、令和の日本型学校教育とは、全ての子供たちの可能性を引き出す個別最適な学びと協働的な学びと書かれています。このうち、協働的な学びが従来の日本型学校教育、すなわち学校が学習指導のみならず生徒指導の面でも主要な役割を担い、様々な場面を通じて子供たちの状況を総合的に把握して教師が指導を行うことで、子供たちの知徳体を一体で育む教育を指しています。そして、個別最適な学びが、ICTの活用と少人数によるきめ細やかな指導体制の整備によって実現される指導の個別化と学習の個別化を通じて学習者にもたらされるものと読み取れます。また、今、クラスサイズの標準が一九八〇年に四十人とされてから変わっていなかったので、約四十年間動かなかった数字だということをおっしゃっていただきましたけれども、改めて、なぜ動かなかったのか、その一因を考えると、クラスサイズの効果によって知見がしばしば整合的ではないというふうにあると言えると思います。実際、二〇一一年及び二〇二一年の予算編成過程では、財務省と文部科学省が学習効果に対するエビデンスを取り上げて対立していました。小学校の導入が完了した現在において、両省庁はどのように考えているのか関心があります。ここで、まず財務省の政府参考人に伺いたいと思います。二〇一一年と二〇二一年の予算編成時の立場を踏まえてお答えいただきたいと思います。さて、私はこの議論もそうですけれども、先行研究や報道を検索していて、アウトカム、結果の設定が学習効果偏重なのではないかということを感じております。最初に述べたとおり、日本型学校教育は子供たちの知徳体を一体で育む教育ですけれども、このうち、知の側面が重視されているということだと思います。これまでのクラスの議論が日本型学校教育の視点に立つと学習効果偏重であったのではないかという指摘があるように思いますが、政府参考人に御意見を伺いたいと思います。続いて知徳体の体の部分です。令和の日本型学校教育の答申では、新型コロナウイルス感染症への言及が複数見られます。そのように言及するわけではありませんけれども、クラスサイズが縮小すると児童生徒同士の接触機会が減るため、多少の感染症リスク低減効果があるかもしれませんが、意見が割れているようです。以上を踏まえて、改めて大臣にお伺いしたいと思います。令和の日本型学校教育の実現のために、中学校三十五人学級のもたらす効果について、知徳体の観点から総括した御意見をいただければと思います。ありがとうございます。最後に、日本型学校教育に対して個人的に思うところを述べ、大臣のお考えを伺いたいと思います。PISAなどにおいて日本人は平均的に高い学力を有している結果が示されているものの、その一方で、自信がないことが指摘されています。学校教育の出口が絶望の谷に設定されてしまっているということです。全ての子供たちの可能性を引き出す個別最適な学びと協働的な学びが絶望の谷を越え、啓蒙の坂、継続の大地に導くものであってほしいというふうに考えております。大臣の人生を通じた哲学的な、そういった観点もお聞かせいただけて非常にうれしいなというふうに思いますし、私もその谷からはい上がって登っていかなければならないというふうにいつも感じております。改めてですけれども、全国市町村の教育委員会連合会からお話を伺ったところ、教員の働き方に関しては教職調整額の増額以上に三十五人学級の実現が有り難いというふうにおっしゃっていました。二〇二三年の意識調査でも、ウェブモニターの半数以上が肯定的だというふうに回答しており、受け入れられている施策であるというふうに考えます。その一方で、政策議論においてはアウトカム設定が学力偏重であり、日本型学校教育の目的と少しずれが生じる可能性ということを今回指摘させていただきました。令和の日本型学校教育の実現という目的の手段であるということを忘れずに、施策の不断の見直しと検証を行っていただきたい旨をお伝えし、私の質疑を終了させていただきます。ありがとうございました。--> 主要政策 日本の伝統的価値観と現代的なスポーツ振興を両立させ、国民の健康と精神的充実、地域コミュニテ。日本の伝統的スポーツ・武道の振興 日本古来の武道や伝統的スポーツの継承と発展を優先課題として位置づける。学校教育における武道必修化の拡充と、地域における武道指導者の育成を強化する。女性アスリートの競技機会と安全を守り、トランスジェンダー選手への配慮は、既存の競技カテゴリーとは別の枠組みで検討する。クラブ活動を教育の一部と捉え、教員の業務として評価・報酬化する。国際競技力向上の戦略的推進 日本のスポーツ外交と国際的地位向上のため、戦略的な競技力向上を図る。同時に、アスリートへの愛国心教育と品格ある国際人としての育成を重視する。--> 主要政策 日本の伝統的価値観と現代的なスポーツ振興を両立させ、国民の健康と精神的充実、地域コミュニテ。日本の伝統的スポーツ・武道の振興 日本古来の武道や伝統的スポーツの継承と発展を優先課題として位置づける。学校教育における武道必修化の拡充と、地域における武道指導者の育成を強化する。女性アスリートの競技機会と安全を守り、トランスジェンダー選手への配慮は、既存の競技カテゴリーとは別の枠組みで検討する。クラブ活動を教育の一部と捉え、教員の業務として評価・報酬化する。国際競技力向上の戦略的推進 日本のスポーツ外交と国際的地位向上のため、戦略的な競技力向上を図る。同時に、アスリートへの愛国心教育と品格ある国際人としての育成を重視する。【参議院議員 参政党/ラグビー元日本代表】【著書:ラグビー勝負のメカニズム/パスの真髄】【チームマネジメント/コーチ/解説者】[大分ラグビースクール→桐蔭学園高校→早稲田大学→神戸製鋼→追手門学院女子ラグビー部→識学→参政党 参議院議員 ] https://www.youtube.com/@thinkof8798。憲法改正について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「賛成」。9条改正について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「改正して自衛隊を他国同様の軍隊に位置付けるべきだ」。緊急事態条項について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「緊急事態条項を設ける憲法改正は必要ない」。防衛増税について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「他の政策予算を削って増税は避けるべきだ」。日米地位協定について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「見直すべきだ」。核保有・共有について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「日本は核兵器を保有すべきだ」。トランプ関税について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「毅然と対応すべきだ」。日米関係について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「日米関係は大切だが、他の国との関係強化にもっと力を入れるべきだ」。日中関係について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「毅然と対応すべきだ」。コメ政策について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「必要ない」。消費税について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「消費税を廃止すべきだ」。社会保障について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「給付水準を下げて国民負担を抑えるべきだ」。原発について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「原発への依存度を可能な限り低減すべきだ」。環境問題について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「経済成長のためなら、環境問題の解決を先延ばしすることはやむを得ない」。選択的夫婦別姓について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「反対」。旧姓使用拡大について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「賛成」。同性婚について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「反対」。外国人労働者について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「より抑制的に対応すべきだ」。選挙活動とSNSについて、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「表現の自由が保障されるべきなので、規制は必要ない」。大学無償化について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「反対」。自民党政治資金パーティー裏金事件について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「追及する必要はない」。企業・団体献金について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「廃止すべきだ」。世襲制限について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「規制する必要はない」。皇族数の確保について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「旧宮家出身の『男系男子』を皇族の養子にできるようにする」。女性天皇について、2025年参院選の毎日新聞のアンケートで「女性天皇は賛成だが、父方が天皇の血筋につながらない女系天皇には反対」

Wikipediaの著書・著作欄と、国立国会図書館サーチでこの人が件名になっている本です。氏名では検索していません。

出典: sangiin.go.jp、wikipedia、kokkai.ndl.go.jp、x.com、shota-goto.com、vote.mainichi.jp

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